海辺のレストラン

解離性同一性障害をもつ人の日記
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解離と美術と自分

解離は脳に影響を与えるから、
実は自分の望む幻覚や幻聴が見えている。
精神疾患で、幻覚というと、
悪そうなイメージがあるけど、
自分の場合は、狂ったように美しい世界だけ。
私は自然が大好きで(性的興奮するくらいには)
圧倒されるほどに美しいものが見えてしまうから、
この感動を絵にして人に伝えたい。

解離全般やメンタルを管理する上で、
吐き出すのに必須で、たまたまそれだったのが、
私の場合は絵だった。
描きたくて描いているというか、
描いて吐き出さないと精神が壊れてしまう。
「絵を描く気持ち」と「吐き出す気持ち」で作られる絵は違う。

これは、小さい頃からの個人的な傾向だけど、
何かに感動すると、ぶわっっと恐ろしいほどの恐怖、絶望、喜び、嬉しさが同時に一瞬で押し寄せてたまらない。
風が吹く、雨程度のよくある自然現象に対してだと思う。
これを絵という自分なりのツールで吐き出さないと、
感情に押しつぶされて、何も感じない死に逃げたくなり、
安易に自殺行為をしてしまう。
(このせいで入院したこともある)

小さい頃から感じていた、究極に美しい体験を、
解離という疾患を患い、素晴らしい幻覚を伴い、
さらに自分の世界が強化されたのは、最高に嬉しい
(性的興奮するくらいには)
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生きる意味 8

解離と戦う作業は、正直面白いところがある。
治療法がないから、自分で探さなきゃいけない。
自分にあった最善の策を常に立てていく。
何か起きても、必ずそれに意味や原因がある。
それをひたすら解いてく。面白いくらい解ける。
心が折れそうになるけど、
ちょっっっぴり楽しい要素がなきゃやってないね…。

んで、自分なりの最終点までたどり着いた。
自分の生きる意味は、自分を解放することで、
それには基本との統合が必要だった。
今はもう、調整自体は順調といったところ。
(もちろん日常生活に支障はきたしている)

数えきれないほど、病気自体や自分の境遇などに
腹を立ててきたけど、それもなくなった。
自分も大人になったけど、人は人でずっと未熟だと思った。
だから、加害者側も大人だけど人間。
人間だから仕方ない。
罪を憎んで人を憎まず。
この考えに至ったのは、大好きな両親のおかげ。
父は、大人だけど言動が未だによくわからない…。
でも愛してる。
母は、大人だけど今でも勉強してる。
成長や学びに終わりはないんだと感じた。

人は常に過ちを犯してて、永遠に未熟で、成長していくもんだと思った。
解離は、あとは時間が解決してくれる。
もちろん時間は有限だけど、調整で自分が望んで作った結果、
楽しく過ごすことができている。
生きる意味 7
解離性同一性障害についてはほぼ知らなかった。
ここから闘病生活が始まる。
ひたすら情報収集、今思えば全人格が協力して、
自分のことを書き出し、
理解するために専門知識を仕入れて、
整理して、調べて、書き出して、調整するの繰り返し。
指令と管理は現時点でも私(主人格)。

治療法が基本的にないと聞いたので、
自分らで上手く調整していった。
「うまく調整する」のに必要なのは知識と情報だった。
関連する脳の仕組みを調べて、
解離性同一性障害のさまざまなケースを見て回った。
それと同時に自分らの行動パターンを調べていった。

そして最近、やっと自分なりのゴールが見つかった。
人生で一番疲れた年だった。
基本人格(解離前までの記憶しかなかった=子供人格)が、
私(主人格=性格などを基本人格に酷似して作られた人格)と、
統合して、元のような自分に戻る事。
リスクを負うことになるけど、それでも、
これから楽しんで生きるための統合。
自分の生きる意味を持った、調整のゴールだ。
(少なくとも、現時点では。)
生きる意味 6
その後、離婚したから虐待の家に戻ることになった。
私はそのとき眠ってた。
ただくろあも耐え切れないものだったから、
また殺されると脳みそが強く思い、
ここで生き残るため新しい人格「あおい」が生まれる。
17,18の頃の話。

あおいは虐待の記憶を消して存在した。
だから家に居ても平気、どこの部屋でも
怖い人やトラウマも存在しない。
髪はバッサリ切って、メンズ物を好み、
(くろあは女性らしいものが好みのよう。)
学校に行って単位を取って、接客バイトをした。

人格として目立ったのは、女性が好きだった。
一般的に言うエロいのが好きだった。
私は、少しでも性的表現が含まれるものは、
吐き気がするほど苦手だった。
(おそらくくろあはもっと苦手)
性的虐待を封じ込めることも役目に含む
人格だから、それを好むように作られた。

順調にいっていたころ、私が複合?される。
これが内在性解離というらしい。
裸で立たされるとかそういう、忘れもしなさそうなことを
次々思い出していった。

今年の6月ごろ、私の人格の影響で、あおいが鬱になる。
「変わらない家だ」と、私が自殺を決意。
死なせないためあおいが緊急入院させる。
互いに行動がかみ合わなくなり、
ここで初めて解離性同一性障害ということがわかった。
生きる意味 5
正直ここからはあまり知らない。
くろあの記憶は私には基本共有されない。
ただ父から暴力を受けて離婚したという、
「できごと」だけは知ってる。「体験」はしていない。
3年間くらいかな。

友達も完全に無くした。やらかしてしまった。
被害者ぶるわけじゃないけど、私の記憶には一ミリも残ってなくて、
メールなど痕跡があるものを見て、絶句して絶望するばかり。
復縁の余地もない。いや、本当は寂しい。
私の記憶では、昨日までいつも通り遊んでたように感じるので。

腕が傷跡だらけになっている。
もちろん記憶にない。入院を繰り返したらしい。
「できごと」は知っている。この記事(くろあが書いた)の薬の事も、
私は一ミリも知らない。本当に体が動かなかったらしいけど、
そんなこと忘れるわけないだろう。

ちなみにこれで解離して7年くらいは立ってて、
かつ通院もしていたわけだけど、
解離性同一性障害だということは判明していなかった。
生きる意味 4


昔のような幸せな家庭に戻れることを夢見て、
夢のような絵を描いていたが、
残念ながら現実は残酷なものだった、自分にとっては。

どんなに飢えても昔の家庭を思い出して
乗り越える事ができたけど、
久々に父に会って二人で過ごした時、
父は母の事を悪く言った。
それと自分の絵を褒めたこと。
全ての生きる意味だった昔のような父と、
命をかけた絵を褒められたことで
きっとこの上なく歪んでしまった。

その後虐待を受けている家で、
母と父が直接言い争っているのを見て、
深く絶望し、生きる意味をなくした私
人格(くう)は眠りについた。

ここまで中学3年生の出来事。
学校には最初の頃は少し行ってた、
勉強はできて、友達もできてた。
くう(書いてる人)の記憶があるのは友達のおかげ。
ほぼ受けてなかったけど、私立県立どちらも受かった。

これ以降は破壊人格(くろあ)が動く。
家は虐待家から両親とアパートにうつる。
ここからさらなる悪夢の始まり。
生きる意味 3
何度も自殺を考えて、道路に飛び込もうとしても
決心がつかずに諦めて帰ったり
これは小5のとき。
帰ったら水も食料もない締め切った部屋に閉じ込められる。
本当はあるし出れるけどね、出たら
暴力を振るわれる仕組みになっていた。

死ぬわけにはいかないと脳が判断して、
解離し破壊人格(くろあ)を作って、
全てを引き受け身体を生存させたようだ。
くろあの記憶は私にはないから、
何をし何をされたのかは知らない。
性的虐待も含まれていたみたい。

飢餓+高温多湿+脱水だったから、
飛び込むより、直射浴びてる方が確実に死ねると思って、
毎日陽が当たるところで、飲まず食わず、静かに横になった。
これが5年くらい続いた。
もうおかしいとか助けの電話とか、考えられなくなってた。

その中唯一私を繋いでくれたのがやっぱ絵で、
それと独自の世界で作った幻覚。
幻覚は解離の副作用みたいなもんだけど、
悪いもんはないからむしろ好都合。
自分の世界、幻想の友達。
それを描くことを生きる意味として生き延びた。
それと離れてしまった父を信じていたこと。
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